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日常雑記Ⅱ

2021-03-13
最近、めっきりご無沙汰のとらでございます。
新型コロナ禍の影響で外出自粛が続き、 「これからの日本、いやいや世界の経済はどうなっちゃうの?」 とさすがに心配になるのでございます。

 狩猟期は先月2月15日で終わっているのですが、イノシシ、シカについては1か月延長の県もあって、とらが狩猟登録をしている福島県も明後日、15日まで大物猟に出れるのですが、今日明日はあいにくの雨。

雨に降りこめられながら静かな終猟を迎えてしまいそう。



10年目の311を迎える前日に原発事故関連の話題、として宮城県のラジオ局から 「何かしゃべれ」 とお誘いを受けて久しぶりにラジオでしゃべってみた!

【聞逃配信】帰還困難区域で今 おきていること
 
今は聞き逃し配信という便利なシステムがあるんですね~ びっくり! 9’45 あたりからとらがしゃべっておりますのでお時間のある方は聞いてみてくださいませ。






今をさかのぼる事8年前。 東京電力福島第一原子力発電所事故の影響を受けてそれまでいた農業関係の仕事から足を洗って、というか強制終了となって 「狩猟で仕事を作ろう!」 と決めて歩き出したんだ。

まだ世間は 「狩猟って何だ?」 という時代だったので キッチンカーでシカ肉料理を販売したり、アウトドア雑誌などで取り上げて貰えるようにどんどんマスコミに営業したり、実際に記事で紹介してもらったりしていた。

ちょうど、「山賊ダイアリー」 という漫画がヒットしていてとらが始めた 「狩猟体験企画」 にもたくさんの参加者を迎えることができて、多少なりともの収入を得て、なんとか綱渡りで暮らしていた時もあったんだ。


最近は「狩猟」が世間に知られるようになってきて一部の動物愛護団体などからの抗議などを受ける可能性も高まってきたので、とらはマスコミ関係は避けるようにしているんだ・・・。 髪もだいぶ白いものが混じってきちゃったんで、あまり世間様に顔を晒すのもいかがかな、な お年頃でもございます 笑。

だけど、今回の宮城のラジオ局からのお誘いは 久しぶりにしゃべってもいいかな、という内容だったんだ。

とらの人生を大きく変えた 「3.11 東日本大震災」 の10年目の今、帰還困難区域内で何が行われているかの一端を報告できる事、
しゃべくり相手がとらも個人的に知っている狩猟友だちで、さらに彼もイノシシ捕獲の仕事をしている。 「大物,獲ったど~!いえいっ!」という感じではなく、とらと同じく少しウエットな感情で野生動物に対峙している、という事を知っていたからなんだ。

あともう一つ、とらが今、世間に対してモノ申したいこともあったからなんだ。

どんなことをしゃべったかは「聞き逃し配信」を聞いていただくとして、しゃべくりの各所に「一度失った命は戻ってこない」とか 捕らえられた獲物に対する敬意的な言葉をちりばめたんだけど、 とらがいちばん公共電波に乗せたかった事はコーナー最後の 「リスナーに一言」 の時の 「幼児虐待やDV(ドメスティックバイオレンス)をやめよう、弱い者に寛容になろう、そのためには「死」を身近に感じる体験も必要では?」 という提案だったんだ。

・・・最近、幼児虐待や育児放棄、DVなど大人による「家庭内暴力」がとても多い事に無関心でいられない。 

とらがまだ青年の頃って 「家庭内暴力」 というと、やんちゃな子どもが親に向かって暴力をふるうのが 「家庭内暴力」 だった。 
これは子どもが親の手を離れて自立に向けての一過程だから親も容認することが親自身の試練だったと思う。 
…もちろん、容認の限度もあって、それを超えた時の親が子にふるう体罰にはとらは容認派だ。しつけの技術としての体罰は反対だ。 

それに比べて大人が幼児や妻に常態的にふるう暴力はなんなんだ? 大人の暴力は弱い者の「死」に直結してしまうからとても悲しいし、危険だ。

以下はとらの持論なんだけどラジオで伝えたかった内容なんだ。

大人の弱い者に対する暴力が増えているのは普段の生活で「死」というモノがあまりにも乖離し過ぎているからではないか?
私たちの生活でもっとも身近な死に接する機会は、「毎日の食事」 だ。 

食事の元になる食材は「すべて他の生物たちのご遺体」だからね。

他の生物のご遺体を毎日からだに取り込まないと生きていけないのに、今の世の中は分業化が進んで、スーパーに並ぶ食料は魚介類を除いて、特に血の温かい鳥や哺乳動物(牛・豚・ヤギ他)は御生前の姿が想像できないまでにこぎれいにパックに詰められて売っている。

もちろん、自分自身で他の生き物を殺す機会はまったくない。 「死」があまりにも遠くなったので 死の危険の程度が判らない、命を意識することができない大人が増えた結果、大人の家庭内暴力が増えているのではないか、と考えるんだよね。

とらたち狩猟を行う者は、動物たちの命が消える現場に立ち会っている。 艶やかな毛皮、澄んだ瞳が生気を失い、色褪せていく様子を実体験として見ているんだ。 そしていったん失った命は二度と帰ってこない事も実体験として知っている。
動物の命を奪う狩猟者は逆に命というモノを身近かに感じれていると思うんだ。  …なかには変なヤツもいるけどね。

3.11以降に「自分の食料は自分で確保できるようになろう。」と畑を耕し始めたり、ニワトリを絞めて解体して食べるワークショップが各地で行われることが多くなった。
とらはこの傾向に賛成だ。
せめてニワトリくらいは絞めて解体して食べるまでの経験を大人はした方が良いと思う。 成人式もいいけれど、きゃあきゃあ楽しんで終わり、じゃなくてその後の謝恩会かなんかで生きた鶏を絞めてみんなで食べる催しも良かろう。
生き物の命を貰って食材にして美味しく食べれるようになったら晴れて一人前の大人として認める。

大人になる通過儀礼にニワトリ解体。 ニワトリの解体体験は元服式!

食料とその食材になってくれる動物の死を知ることで、自分より力の弱い者に寛容な大人が増えてくれれば不幸な幼児虐待やDVも減るだろう… 食料を捨てることに抵抗を持つステキな大人も増えると思うんだ。

以上のような事を昨今のニュースを見ながら想うとらなのでございます。 


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