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狩猟は心に突き刺さる事があるから「楽しい」のかも

2017-02-15
猟場の夕暮れ
今日、2月15日の日没と共に2016年度の狩猟期が終ってしまった。
3ヶ月間の狩猟期。
長いようでいて夢中で過ごしているとあっという間の3ヶ月間だったな。 毎朝 日の出前にゴソゴソ起き出して猟装を整えて出陣していたけれど、頑張りに見合う猟果はなかった気がする・・・。
しかし充実していた3ヶ月間でした!

毎朝、日の出前に起きだして出猟するほどの熱の入れようなんだけれど、「楽しい」 からしていたのかな?

「狩猟」って楽しいのかな??






環境省が音頭をとる狩猟イベントがあるんだな⇒狩猟の魅力まるわかりフォーラム


全国各地で開催されていて、増えすぎてヒトの生活と軋轢を生んでいるイノシシやシカを捕獲する担い手養成の目的がある企画なんだけれど、
それに参加してきたとらの知り合いが 「なんか違和感があるんだよね。」 って言うんだ。

「トーク企画で壇上にあがるハンターがみんな 『狩猟は楽しい』 っていうんだけど、狩猟って楽しいものなのかな?」


う~ん、とら基本的に 「『楽しい』事しかしないっ!」 とキッパリ宣言して生きていながら、どっぷり狩猟に漬かった生活を過ごしているから興味がない、楽しくない事ではないんだけど、

無邪気に「楽しい」とは言えないな、と考えているんだな。


このブログでも過去、何度も書いたんだけれど、とらは動物大好き派、自然が大好きな人間だったんだ。

自然、アウトドアに関する事は本当にいろいろな事をやってきたんだな! 紹介するとすごい量だぞ。

スキューバダイビングシーカヤックスノーケリングスカイダイビングパラグライダークロスカントリー乗馬キャンプ登山バイクツーリング釣りサーフィンウインドサーフィン家庭菜園 その他いろいろ諸々・・・

いろいろな事をやってきた中で、山を歩く技術や経験、銃やナイフを扱う技術、野生肉を調理して美味しく食べる経験と技術・・・様々なアウトドア技術の総力戦の一つとして狩猟があるんだ。

さらに 「特定の動物が増えすぎて、その為に自然環境バランスが崩れている。」という状況があるからとらは猟銃を手にして増えすぎた動物たちを狩りっている訳なんだよね。
それらが「増えすぎていない」なら狩猟対象にもならなかっただろうし、そもそも猟銃を手にして動物を狩る、という発想もなかったかもしれない。

「狩猟が好き」 なのは 「楽しい」 からなだけれど、その 「楽しい」 は他のアウトドアで得られる無条件、手放しに「楽しい~!今日も一日遊んだぁ!!パーフェクトな日だぜぇ!やっほー!」と はちょっと違う 「楽しさ」 を持っているからなんだと思うんだ。







キジバト

先週の雪の降った朝、とらはキジバトを手に入れた。

雪が降る天気予報が出て、「雪が積もる前に鳥たちはエサを取る為に活発に動くだろう。」というとらの読みは当って、エアライフル猟で短時間の内にヒヨドリとキジバトを数羽を手に入れる事ができたんだ。

この日の朝、最後に得たこのキジバト、弾の当たり所が良くなくて、怪我したまま飛んで逃げたんだ。

とらが放った弾は致命傷までは与えられなかったんだけれど、後から調べたらお腹を射抜いていた。内臓は傷ついていたんだけど、肺や心臓,翼は無傷だったから飛んで逃げる事ができたんだね。

木の枝に何度もぶつかりながらも、飛んで逃げようとするんだ。

とらは傷を負わせた動物は狩猟者の責任としてぜったいに逃がしたくないので必死で追いかけた。

見ていると逃げながらもみるみる弱っていく様子が見てとれるんだよね。 それでもあきらめないで逃げ続けるんだ。

最後は力尽きて地面に落ちたんだけど、普通なら草やぶに隠れてしまい見失うのだけど、雪のおかげで見失う事もなく無事捕獲できた。  とらもへとへとになった。

キジバトが傷付きながらも必死で逃げる姿を見ていてとらは少し考えてしまった。

・・・野生動物、彼らはどんなに絶望的な状況に追い込まれても、けっして絶望して、あきらめて、観念することはないんだ。反撃してきたり、体力が尽きて動けなくなるまで逃げるかのどちらかなんだ。

とらはこれまで多くの野生動物たちの最期に立ち会ってきたけど、途中であきらめて観念するヤツはいなかった。
最期の最期まで、力尽きるまで抵抗するんだよね。
その様子は捕らえたこちら側が 「もう、あきらめてラクになりなよ…もう、いいからやめてくれよ・・・」と思うときもあるくらいだ。


一方、人類 「ヒト」は 「絶望」という感情を持っていて、時にそれが自身を破滅に追いやってしまう。

ヒト以外の動物は絶望を感じるほどの知能がないといってしまえばそれまでなんだけれど、ひるがえって考えると、ヒトの脳みそは知能が進化し過ぎて、考えすぎて脳が壊れるのを防ぐために「絶望」という自滅装置を備えているのかもしれない・・・と考えるんだ。

とらのまわりでも仕事がうまく行かない、とか将来に展望がない、とか外国人妻との関係が思わしくない、などがきっかけで心を病んじゃうヤツがたまに居るんだけどさ、それってお脳が暴走して、勝手にありもしない良くないイメージを作り上げているのかもしれないね。

必死で逃げ延びる事しか考えない野生動物たちに学ぶ事もあるんじゃないだろうか?
時には彼らを見習って思考を敢えて停止させて逃げ延びる事だけ考えて右往左往してジタバタしていた方が考えすぎるより良い結果が待っているかもしれない。

「絶望」 したらそこで 「ゲームオーバー」 だもんね。


そんな心に突き刺さる 「人生訓」 も考えさせてくれる狩猟。 ただ、「楽しい」ではなくて 「深い」からとらは夢中になれているんだと思うんだ。



あっ!「ただ単に『楽しい』ではない」けれど、とらは狩猟イベントに登壇して「楽しい」と述べている狩猟者を批難しているワケではないんだ。

彼らはあくまでも「狩猟の経験者」。 聴衆に向かってしゃべる、「しゃべくりのプロ」ではないから舌足らず、字足らずなのは当たり前だと思うんだよね。

狩猟は確かに「楽しい」。 だけど、一言で言い尽くせない深さがあるから「楽しい」のだと、とらは考えるんだ。

どうかな?





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